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自然の芸術!風が削り出す彫刻!風化の美しさ! [私の旅日記]

20131216-1.jpg[カメラ]自然の芸術とも呼べる不思議な光景が広がって居ました、これは風が削り出した彫刻です。

20131216-2.jpg[カメラ]砂岩の表面を風と砂が少しづつ削り神秘的なモニュメントが出来ています。

20131216-3.jpg[カメラ]強い海風が砂岩の岩を削り不思議な造形美を生み出して居ます。

[ひらめき]


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死者の霊が集まる場所!霊場恐山!「人が死ねばお山へ行く」と言う東北の伝説の地! [私の旅日記]

20131009-1.jpg[カメラ]これが日本三大霊場の一つ恐山の入山券です、不思議な事に私の受取った券の番号をご覧くださいI000444と4が3つ並び考え方によっては黄泉の国とも読めますので、死者の霊と近い場所に来た事を暗示して居るのかも知れません。

古くから下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられております。

ここでは、イタコと呼ばれる巫女が居て死者の霊などを自身に乗り移らせてその言葉を語る口寄せが行われる事で有名です。

私自身霊感が強い方ですのでイタコに頼る必用はありませんが、20年程前に来た時には不思議な予感を感じました。

20年程前は、途中で車が故障してしまい修理の為に大幅に時間が遅れ暗い夜道を通り恐山から薬研温泉の宿に入り宿の窓から外を見ると山が青く光って居て綺麗だなと眺めて居ると震度5の地震が発生しました。

これが1993年(平成5年)7月12日午後10時17分12秒に発生した北海道南西沖地震で、震源に近い奥尻島ではマグニチュードは7.8、推定震度6で、火災や津波で大きな被害があり、死者202人、行方不明者28人を出した地震でした。

20131009-2.jpg[カメラ]恐山は約20年ぶりに訪問しましたが、ここへ至る道路が良くなり過ぎて以前の様な神秘的で不思議な感じが無くなってしまった様に感じられました。

20131009-3.jpg[カメラ]ここが、恐山を開いた慈覚大師円仁を祀る慈覚大師堂で、風車がカラカラと音を立てて回る光景も実に味わい深いものがあります。

風車は子供の霊を慰める為に、子供の喜ぶ風車が立てられて居ます。

20131009-4.jpg[カメラ]恐山の名物でもあるカラスの存在も不気味な神秘性を醸し出しています。

20131009-5.jpg[カメラ]慈覚大師堂には、肉親の菩提を弔い個人の面影を偲ぶ思いが込められ、死者の旅立ちに必用な手ぬぐいやわらじ等がお供えされて居ました。

死者の霊に会える場所として日本一有名な恐山は、死者への想いを預かる場所でもあります。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.125~0.114マイクロシーベルト(午後11時~午前0時)


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累計300万アクセス突破特集!チャツボミゴケ群生地を巡る群馬県吾妻郡六郷村 [私の旅日記]

20130730-2.jpg[カメラ]チャツボミゴケが群生する群馬県吾妻郡六郷村の不思議な光景をご紹介します。

20130730-1.jpg[カメラ]その前に本日で当ブログは累計で300万アクセスを突破致しました。

多くの皆様のご愛読に感謝申し上げます。

20130730-3.jpg[カメラ]このチャツボミゴケは強酸性の温泉水が流れる場所で育つ珍しい苔で学名はユンゲルマンニア・ブルカニコーラと呼ばれる苔の国内最大の群生地です。


昭和18年の大東亜戦争末期はこの場所に日本鋼管株式会社が採掘権を取得し群馬鉄山と呼ばれる炭鉱があり鉄鉱石を昭和41年3月まで採掘して居たそうです。

平成24年3月にJIEスチール株式会社からこの周辺の土地が中之条町に無償譲渡され、この貴重な自然遺産を未来に残す為に保護管理と観光資源としての活用が始まったばかりの場所です。

20130730-4.jpg[カメラ]苔の一部が枯れているのはここが山岳地帯の為に冬に積雪や凍結によるものと思われ、一番綺麗な見頃は9月頃だそうです。

精霊と出会えそうな不思議な森はいかがでしょうか。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.156~0.151マイクロシーベルト(午後11時~午前0時)


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素敵なショーウインドウのすすめ!何故日本では少ないのか?窓の概念の違いに違いが [私の旅日記]

20120622-1.jpg[カメラ]ヨーロッパではよく見られるショーウインドウですが、東京の下町では殆ど見られませんがそれは何故なんだろうかと考えてみました。

写真はイタリアのベネチュアの観光名物である仮面祭りで使われる仮面の工房です。

ショーウインドウを見ればその店の個性や感性、経営者の人柄までわかります。

日本では一般的でないのは文化の違いによるものかも知れません。

ドイツなどでは窓ガラスはピカピカに磨いて居ないと、近所からクレームが来るほど窓を重要視します。

オランダなどでは、窓の外から家の中をわざわざ見せますし、家主のインテリアのこだわりやライフスタイルをわざわざ見せる様です。

20120622-2.jpg[カメラ]街を歩きながらウンドーショッピングが楽しめる町並みでさうがショーウインドウを見れば誰でも何のお店かわかります。

日本では中々ショーウンドーが一般化していないのは、日本はどちらかと言うと隠す文化で「謙譲の美徳」を重んじる文化だからかも知れません。

欧米人は逆で積極的に見せる文化的な違いがありますが、別の要素として日本は雨が多くショーウンドーの窓ガラスを常に磨いて綺麗に保つ事は結構大変だからかも知れません。

20120622-3.jpg[カメラ]スイスの美術商のショーウインドウですが、休日でもショーウインドウは常に解放しています。

総合的に考えてみますと、ショーウインドウに飾られる商品はそのお店で作られたり特定の工房で作られたお店独自のブランド品である事が多く、商品にプライドがあるからだと感じます。

ショーウインドウには量産品は余り置かれて居ませんから、それぞれのお店の個性が出ますので街歩きが結構楽しくなります。

そこでフィーリングの合うお店で買い物をする事になります。

成熟社会では、消費量を超える大量生産、大量陳列は過去のもので、必要なものを必用なだけ売り、お客の個性やニーズに合ったものをそれぞれのお店で買う昔ながらのライフスタイルに戻るのかも知れません。

物を買っても各家庭では物が溢れすぎて置き場所に困りますし、欲しい物が無いと言われる時代ですから確実に時代は変わって来ているのではないでしょうか。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.147~0.139マイクロシーベルト(午後11時~午前0時)


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5代前のご先祖を尋ねての旅は明治時代の若者の情熱と行動力を今に伝えて下さいました! [私の旅日記]

20120406-1.jpg[カメラ]私からさかのぼる事5代前と言うと約110年以上前になりますが、祖父から聞いた大瀬熊三郎を尋ねる旅は今回が2回目の挑戦になります。

第1回目は20年程前に青森県を訪問し写真の大きな報恩と題された石碑を発見しました。

実際には直ぐにこの場所とは解りませんで、この場所に来た時に車のデジタルのメーター類が全て異常な表示を示し付近の東福寺の境内でついに走行不能になってしましました。

車の故障の原因はダイナモが故障した為電圧が低下したのが原因でしたが、不思議な事に車のデジタルのメーター類が全て異常な表示を示した場所が正に私が探していた旧小湊小学校だったのです。

20年前に来た時は100年も経つと小湊小学校も付近の別の場所に移転しており、今では図書館や歴史民俗資料館や福祉施設の立派な建物に変わって居るので100年前の情報しか知らない私には浦島太郎の物語を思い起こさせました。

今回の旅ではこの石碑を中心に聞き込み調査をしようと、石碑のある旧小湊小学校の敷地内にある歴史民俗資料館を訪ねました。

資料館の職員が気転を利かせて下さり、小湊小学校の元校長で現在は郷土史研究家の井筒氏に電話をして下さり、井筒元校長が昔の事を良くご存じで驚くべき展開になりました。

20120406-2.jpg[カメラ]私から遡ること5代前のご先祖である大瀬熊三郎が代官所の跡地に小湊小学校を建設しました、ここは昔は津軽藩と南部藩の境界に近い場所だった為に堀と土塁を巡らした堅牢な要塞の様な場所だったそうです。

井筒元校長が大瀬熊三郎のお墓があると教えて下さり墓所の管理をしている日光院の宮司の所に案内して下さいました。

日光院へ行くと宮司さんが大変喜びで驚きました、話を聞くと代々熊三郎のお墓を守って下さっており末裔が来るのを待って居たと言う。

20120406-3.jpg[カメラ]日光院の佐々木宮司さんは高橋是清の政策顧問を務めた日本の銀行家であり経済学者である佐々木多門の末裔で、宮司さんが見せて下さった大瀬熊三郎没後50年祭の写真で今から約60年の写真です。

宮司さんは私が最初に訪問した20年前は小湊の教育長をしており、役場を私が尋ねたが職員が当時の歴史を知らずに解らないと連絡先も聞かずに帰してしまい大変残念な思いをしたと言われました。

更に宮司さんは代々熊三郎の墓を守りながらいつか末裔が現れる事を信じて居たと言い、探している者同士がここで繋がりました。

20120406-4.jpg[カメラ]付近は2メートル近い残雪が残るお墓に案内して下さった日光院佐々木慶紀宮司さんと大瀬熊三郎の墓、祖父が没後このお墓の存在が解らなくなっていましたが佐々木家の宮司さんが代々大切に守って下さっておりました。

大瀬熊三郎は35歳の若さで没しましたが、この若さで学校を建て多くの町民や村民から愛された様で大きく報恩と書かれた巨大な石碑やお墓も多くの人々の寄付で建てられた事を知るとその偉業が偲ばれます。

20年前に来た時は碑の周りは古い石垣でしたが今では頑丈なコンクリートで固められ今でも小湊の人達が大切に管理して下さって居る事に感謝申し上げます。

佐々木宮司さんの家に伝わる話では熊三郎は歴史美術和歌に至るまでオールマイティーな能力を持つていたと伝えられ、また、天明の大飢饉の歴史を調べ遺骨を収集し慰霊碑を作るなどの活動もしていたそうです。

津軽藩の藩士だった大瀬家は弘前にある天台宗の報恩寺が菩提寺ですが、報恩寺に埋葬されず神道の日光院にお墓があると言う事は熊三郎が平内の人達に愛され、自らも骨をこの小湊に埋める事を望んだ思いが偲ばれます。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.148~0.142マイクロシーベルト(午後11時~午前0時)


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最高速度時速300キロの世界へ挑戦!東京新青森間3時間10分東北新幹線E5系はやぶさ [私の旅日記]

20120404-1.jpg[カメラ]ロケットか魚雷の様なノーズの東北新幹線E5系「はやぶさ」に初めて乗りましたが東京~新青森間3時間10分と言う速さで最高速度が時速300キロと言うレーシングカー並みの速さです。

しかしながら、ヨーロッパのTGVの方が早い感じがしましたのでTGVの最高速度を調べてみると時速350でやはりこちらの方が早く日本の技術ならもっと早く出来るのではと思いましたが理由がありました。

日本の世界1の鉄道システムを持つと言われる新幹線は最高速度360キロ程度は出せる様ですが、しかしながら環境対策やコスト面が考慮された為に最高速度は時速320キロに抑えた様です。

このはやぶさは2011年3月5日に運転が開始され実際には利用者が結構多い様に感じました。

20120404-2.jpg[カメラ]電車での旅の楽しみの一つはその地方の食材を使った駅弁で車内販売で売られていた「東北二色めし」を買ってみました。

お弁当はそれなりにおいしいのですが、一緒に付いてくるお茶が昔と変わらない味でとっても美味しいのには改めて驚きました。

鉄道の旅も昔はこの距離だと夜行列車や寝台車で夜出て朝付く長旅でしたが、東京~新青森間3時間10分ではあつと言う間で旅の疲れと言う面で負担がかなり軽減されます。

仕事などでやむを得ず出かける人には大変助かります。

このはやぶさは10両編成の車両で45億円だそうですから鉄道の敷設や管理費を考えると特急料金が中々安くならないのはこのせいかも知れません。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、新幹線はやぶさ内で線量が高くなると予想した福島付近の空間放射線量計の値は、0.122マイクロシーベルトで東京よりも低い値に驚きました。


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真冬の乗鞍高原気温がマイナス5度以下の世界! [私の旅日記]

20111229-1.jpg[カメラ]乗鞍高原の宿へ向かうにしたがって雪景色ががらりと変わって白銀の世界になりました。

乗鞍高原は標高1600mですから、東京スカイツリーの約2.5倍の高さになります。

ここまで高くなると気温も低くなります。

20111229-2.jpg[カメラ]車に取り付けられた温度計では、外気温がマイナス5.2度であると表示されています。

乗鞍高原より上へでは、タイヤチェーンを付けるかスタットレスタイヤの車両で無いとこれ以上、上へあがれませんのでタイヤチェーンを装着しないと無理でした。

タイヤチェーンを付けて景色のよい場所で写真を撮ろうと山を登り始めましたが、タイヤのチェーン片側のチェーンが切れてしまい、これ以上は危険と判断し山を下りました。

相手が自然なだけに、何が起こるか分かりませんから、安全と余裕を見て無理をしないのがスマートなやりかたです。

特に冬場は、気温がマイナスは勿論、風や大雪と言う最悪のケースも考えられますのでなまじ無理をして動きが取れない事態に至らないよう注意しましょう。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.151~0.133マイクロシーベルト(午後11時~午前0時)


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パズルの解き方教えちゃいます!「The -T」雨で外に出られない時の旅の楽しみ! [私の旅日記]

20110904-1.jpg[カメラ]台風12号の影響で時々激しい雨で外に出られないので宿にこんなパズルがある事を発見しましたが、けっこう旅館等で見かけるのですが、やった事はありませんでした。

退屈しのぎに始めてみると結構面白いので全部解いてしまいましたので、こっそり模範回答をお知らせします。

20110904-2.jpg[カメラ]木工パズル「The-T」の名称となったと思われるT型。

20110904-3.jpg[カメラ]家の様な形。

20110904-4.jpg[カメラ]菱型。

20110904-5.jpg[カメラ]矢印の様な形。

20110904-6.jpg[カメラ]スプリングの様な形。

20110904-7.jpg[カメラ]階段の様な形。

20110904-8.jpg[カメラ]二枚のずれた板の様な形。

20110904-9.jpg[カメラ]地平線に山がある様な形。

20110904-10.jpg[カメラ]噴火山の火口の様な形。

20110904-11.jpg[カメラ]古代の剣の様な形。

20110904-12.jpg[カメラ]テトリスのブロックの様な形。

このパズルの解き方のコツは、辺の数が3つが1つ、4つが2つ、5つが1つある事に着目して、5つの辺があるパーツが何処の位置に使えるかを割出せば比較的に簡単に解けるのではないでしょうか。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.169~0.152マイクロシーベルト(午後11時~午前0時)


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肢体障害者福祉協会の徒歩訓練に参加!台風12号接近と言う状況でしたが楽しい旅に [私の旅日記]

20110903-1.jpg[カメラ]台風12号の接近で普段は穏やかな伊豆半島の海も大きな波と強い風が吹いていました。

今回の旅は肢体障害者福祉協会の一泊2日の徒歩訓練で、普段は自由に旅行が出来ない肢体障害を持つ方々との旅行会で毎年行なわれて居て私もこれまでに毎年参加しています。

この度、協会の役員や会員の方々からの推薦もあり、肢体障害者福祉協会の理事を拝命致しましたのでこうしたイベントを盛り上げて参りたいと思います。

20110903-2.jpg[カメラ]昼食はレストランでしたが、建物が古いのか、写真の階段があり車椅子が入れませんのでレストランの従業員と一緒に車椅子ごと持ち上げて階段を上げました。

一休みしていると、写真の子猫がニャーニャーと甘える様な声で鳴きながらやって来ました。

とっても人なっこい猫で、きっと台風の影響で食べ物が無くお腹を減らしている様でしたが、我々は猫にあげる食べ物を持っていないので何も出来ませんでしたたが、健康状態は良さそうですので近所の方が管理されている猫の様です。

旅の楽しみはこうした愛嬌のある猫さんとの出会いも楽しいですね。

20110903-3.jpg[カメラ]熱川温泉の宿での夕食風景で、宿の支配人が歓迎の挨拶に登場しました、当協会も創立60周年と言う事もあり、年々高齢化が進んでおりますが、皆助け合ってチームワークは良好です。

通常は宴会場と言うとお座敷が多いのですが、お座敷では足が不自由な方には負担が重いのでの椅子席です。

宴会ではカラオケや一発芸が披露され大いに盛り上がりました。

熱川温泉は豊富な湯量のせいか、広い大浴場があり台風のせいか他の宿泊客が少なかった事もあり貸切状態でした。

今日は、台風接近で非常に湿度が高く少し動いただけでも汗が出ましたので、温泉で汗を洗い流して皆さんリフレッシュされた様です。

[ひらめき]墨田オンブズマンの空間放射線量計の値、0.165~0.153マイクロシーベルト(午前6時~7時)


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日本の金属工芸加工技術の歴史を追う!国宝高知城の城門 [私の旅日記]

20110506-1.jpg[カメラ]国宝高知城の城門ですが、通常鉄で作られる補強の帯板がここは真鍮製で当事は磨かれて金色に輝いて居たのかも知れません。

小さな釘一つ一つにもきめ細かな加工が施され山内家の繁栄と職人の技術が覗われます。

20110506-2.jpg[カメラ]画面右上の兆版の金具の部分にハート型の模様があり可愛らしくも思えます。

城門等の兆板の加工で美しいと思ったのが、ドイツのお城で錫の合金で作られた兆版のデザインや加工の素晴らしさに感動した事がありますが、機能美と威厳を醸し出す美学が城門にはあります。

20110506-3.jpg[カメラ]高知城の城門ですが、複数のこうした金属工芸が見られます。

[ひらめき]本日の都内の放射線量

線量率(dose rate)μGy/h(1グレイは1シーベルトに換算できます )

最大値
(max)
最小値
(min)
平均値
(average)

0.07000.06140.0652

※東京電力福島第一原子力発電所の事故以前の測定値は、1時間あたり0.028~0.079マイクロシーベルトで推移しています。 


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